図書館実習
「みんなの図書館」1998年4月号(図書館問題研究会発行)掲載原稿
つくば市立中央図書館アルスでの図書館実習を経験して
筑波技術短期大学視覚部情報処理学科
近畿大学通信教育部科目履修生
杉田正幸
目次
近年の情報処理機器のめざましい進歩は、視覚障害者に大きな変革をもたらしている。パソコン画面の音声化・点字化・拡大表示化などが実現することにより、今まで情報障害者であった視覚障害者も少しずつ健常者に近い情報処理が可能になった。一例を挙げれば、視覚障害者の間でもインターネットの普及がめざましく、新聞記事・雑誌記事などの各種オンライン情報へのアクセスが可能となった。
図書館サービスを考えた場合、現在公共図書館で働く視覚障害者は全国20名弱と少なく、そのほとんどが録音図書・点字図書製作などのいわゆる障害者サービスに関わっているのが現状である。情報処理機器が進歩しても、一般業務用端末などの音声化は実現せず、本を扱うには視力を必要とするなど、視覚障害者が一般業務に従事するには課題が多くある。
私は鍼灸の資格を取得後、筑波技術短大で情報処理の勉強をしている。同時に近畿大学通信教育を受講し、図書館司書資格取得をめざしている。情報処理機器の活用と図書館学の勉強は今後の図書館サービスにおおいに活用できると思う。
近畿大学通信教育での司書資格取得まで残りわずか、図書館司書になるための大きな山、図書館実習を行うこととなった。今までに多くの視覚障害諸先輩が司書資格を取得しているが、公共図書館(特に市立レベル)で系統的な実習を行ってきた人は少なく、点字図書館などかぎられた場所でかぎられた内容の実習を行ってきた人が多いようである。それは、公共図書館での実習内容は多岐にわたり、視覚障害者(全盲)がそれらを全てこなすことが困難であるからである。また、受け入れ側の障害者に対する理解が少ないことも大きな原因となっている。幸いにも茨城県つくば市にあるつくば市立中央図書館(通称アルス)は、平成6年、現大阪市立中央図書館の全盲職員東さんを実習生として受け入れており、その経験から比較的スムーズに実習を受け入れていただくことができた。
実習は1997年8月22日から9月6日まで、12日間行った。実習内容は、大きく講義と実習の二つであった。図書館実習の日程と主な内容は表1の通りである。
(表1)図書館実習日程と主な内容
氏名: 杉田正幸(近畿大学通信教育部)
実習期間: 1997年8月22日(金)−9月6日(土)
1997年 8月22日(金)
午前: 館長講義「つくば市の概要」「つくば市の基本計画」「市の予算」「図書館条例と施行規則について」の講義
副館長講義「つくば市立図書館のあゆみ」「図書館の現状と特徴について」「問題と課題について」
午後: カウンター業務実習: 貸出し事務、返却事務、受付け事務(以下同じなので省略)
1997年 8月23日(土)
午前・午後: カウンター業務実習
児童サービスにてお話会の見学
1997年 8月26日(火)
午前: カウンター業務実習
副館長講義: 「コンピューターシステムについて」、「多文化サービスについて」
午後: カウンター業務実習
奉仕係全般、BM講義
1997年 8月27日(水)
午前: カウンター業務実習
庶務係全般講義
午後: カウンター業務実習
業務係全般講義
1997年 8月28日(木)
午前: カウンター業務実習
児童サービス講義・お話し会練習
午後: カウンター業務実習
1997年 8月30日(土)
午前: お話し会練習
カウンター業務実習
午後: カウンター業務実習
お話し会・点字絵本の読み聞かせ
1997年 8月31日(日)
午前・午後: カウンター業務実習
1997年 9月 2日(火)
午前: カウンター業務実習
障害者サービス講義
午後: カウンター業務実習
図書受け入れ講義
1997年 9月 3日(水)
午前: カウンター業務
BM準備
午後: BM乗務(小学校や保育園での貸し出し業務)
1997年 9月 4日(木)
午前・午後: カウンター業務実習
1997年 9月 5日(金)
午前: カウンター業務実習
午後: カウンター業務実習
副館長講義(実習まとめ)
1997年 9月 6日(土)
午前: カウンター業務実習
午後: カウンター業務実習
お話し会・点字絵本の読み聞かせ
今回の実習では、図書館の現状やサービスについて多くのことを学ぶことができた。
講義では、各部署の役割や職務内容について詳しく知ることができた。また、少ない予算、少ない職員でどのように効率的なサービスを行うかが課題であることを認識した。
実習では、特に、カウンター業務、お話し会、BM業務は貴重な経験であった。上記の実習にしぼり、簡単に振り返ってみたいと思う。
実習中、一番楽しみにしていたのは、カウンター業務でした。実際に利用者に接して、多くのことを学ぶことができるからです。しかし、端末操作、バーコードリーダーの操作、利用者への応対など視覚を使う部分が大きい業務であるので不安が多くありました。端末に関しては、まず、担当職員に使い方を教わり、最初は数名の職員が周りで見ていての実習でした。また、バーコードの読み取りも、最所はうまくいかず、苦労しました。やがて、端末操作やバーコード読み取りにも慣れ、端末からのエラーがでた時のみ(貸し出し冊数オーバーや返却期限切れ図書のある場合)職員を呼んで画面メッセージをみていただくようになりました。
利用者への応対も最初は慣れずにとまどうばかりでした。しかし、図書館業務になれるにつれて落ちついて対応できるようになりました。また、利用者も協力的になってくれました。特に、貸し出しや返却のさいに図書を揃えてくれたりしてくれるようになり、業務の効率化につながりました。
私にとって次に大きなことは児童サービスでした。児童担当の職員2人と一緒にお話し会に参加できたことです。練習前からすごく楽しみでしたが、練習時からすごく緊張もしました。子供に点字絵本に興味を持っていただけたこと、そしてなにより、子供が話の中に吸い込まれていく状況・・・。みんな新鮮なことでした。そして、職員と協力してお話し会を作り上げることができたこと、ほんとうにうれしかったです。
点字絵本の読み聞かせは、「森のなか」、「おいていかないで」などを行いました。読み聞かせは初めてで、まだまだこれからですが、他の人の子供への接し方も参考になりました。今後も勉強できればと思います。
そして、数日後、お話し会に参加した数名のおかあさんたちから、「お話し会ありがとう」とか「楽しかった」「子供によい経験をさせられました」などの感想をいただきました。ほんとうにうれしかったです。
図書館で唯一の館外での仕事、はじまる前から楽しみでした。つくば市立中央図書館では、保育園・小学校・公民館など約50のステーションを職員が回っています。ひとつのステーションに2週間に1度の訪問で、利用者が楽しみに待っている様子、特に小学生や保育園児が楽しそうに先生と本を選んでいる様子が分かりました。
本がほこりでバーコードが読みにくかったり、ポータブル端末の利用のしにくさ、そして狭い場所での仕事・・・。大変で、他の人の力をずいぶんと借りてしまいました。
視覚障害者の公共図書館実習が少ない理由に、
(1)図書・新聞・雑誌などの活字資料を扱うため、視力が必要であること。
(2)業務用端末、利用者端末の音声化など視覚障害者に必要な機能が実現されていないこと。
(3)冊子体レファレンスツールが視覚障害者に利用困難であること。
(4)実習受け入れ側の視覚障害者に対する認識や理解が不足していること。
が上げられる。
今回の実習を通じて(1)に関しては、新着新聞・雑誌の差し替え作業やブックポストの図書の整理などを職員の工夫と協力で行うことができた。(2)に関しては、GUI環境の音声化の研究も進んでおり、図書館業務用端末や利用者用端末をそれらの音声化ソフト上で動作させることが可能であればと期待する。図書館システムをWWW(World Wide Web)化することにより、Netscapeなどを音声化する数種の現存ソフトを利用した業務が可能である。(3)に関しては、電子ブック・CD-ROMなどの媒体でのレファレンスツールが増加しており、さらにWWW上にも利用可能な多くの情報があり、パソコン画面の音声化・点字化ソフトの利用で視覚障害者にもレファレンス業務が可能である。(4)に関しては、多くの図書館が視覚障害者の実習生を受け入れ、認識を新たにしてもらいたい。
確かに全て晴眼者と同じ実習が可能であるかといえば不可能と言わざるを得ない。しかし、できるかぎり多くのことを挑戦できるような環境作りを図書館側がすれば、有意義な実習が実現できると感じた。
以上、私の図書館実習について簡単に概略と感想を書きました。今回の実習に際して、つくば市立中央図書館の増山館長・実習担当の平島さんには実習依頼を快く引き受けていただき、さらに細部にまでご配慮をいただき感謝しております。実習用点字資料作成には多くの点訳ボランティアにご協力いただきました。筑波技術短大視覚部図書館の緒方さんには、図書館案内図の作成や実習前にいろいろとアドバイスなどいただきました。なごや会(公共図書館で働く視覚障害者職員の会)の数名の方から図書館実習に関してご指導・アドバイスをいただきました。また、図書館情報大学点字研究会のみなさんにも図書館実習に関する資料の対面朗読などで協力いただきました。今回協力してくださいました全てのみなさんに感謝申し上げます。
今後、多くの視覚障害者が図書館でのカウンター業務などを含めた実習が実現し、多くの図書館業務に触れる機会が増加すればと思います。
とかく視覚障害者イコール障害者サービスとなりがちですが、多くの可能性に挑戦し、職業の幅が広げられることを願っています。そのために今回の実習を通じて、バーコードリーダーの問題、一般サービス用業務用端末の問題、そして利用者端末の問題、さらに図書整理、受け入れ、配架の問題まで多くあると思います。
その一部は補償機器の利用、周りの職員の協力、利用者の協力で解決できるものと思います。今後は公共図書館で視覚障害者が一般サービスをできるような端末の整備・開発が望まれます。視覚障害者も希望を持ち、可能性に挑戦していければと思います。
今回の実習を機に今後多くの公共図書館サービスにふれ、よりよいサービスについてもさらに考えて行ければと思います。
杉田正幸.つくば市立中央図書館アルスでの図書館実習を経験して.みんなの図書館.図書館問題研究会.No.252, p.38-43 (1998)
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最終更新日:2004年7月30日