8.大阪府一般職試験に挑戦した杉田正幸さん |
2000年度の大阪府一般職試験に挑戦して見事に合格し、府立図書館に配属された杉田正幸さんを、日本ライトハウスの香川紀子さんに取材してもらった。彼自身の就職に向けての努力、合格に至るまでの学習・訓練の経過、大阪府の一般職採用試験の様子などがわかり、今後公務員試験を目指す人たちの参考になるものと思う。
年度が変わり、各職場にフレッシュな顔ぶれを迎えた4月3日、一人の全盲男性がメディアを沸かせた。「全盲の図書館司書誕生」「全盲男性、司書の辞令」といった見出しが大手各紙の夕刊をにぎわせ、テレビのニュースでも報道された。
話題の主は、杉田正幸さん(埼玉県加須市出身、29歳)。この春、大阪府立図書館司書募集(一般選考)に応募して、61.3倍の難関を突破し、この日、大阪府立中央図書館配属の辞令を受け取った。
杉田さんは盲学校専攻科卒業後、鍼灸師として整形外科病院に勤務していた。就職後3年経った1996年4月、筑波技術短期大学に入学。在学中に近畿大学通信教育で司書資格を取得。1999年3月に卒業した後、1年間視覚障害者支援総合センターに在籍した。
すでに鍼灸師として職を得ていた杉田さんが司書に転身される過程について、お聴かせいただいた。
4月はじめから2週間の研修を経て、大阪府立中央図書館閲覧第3課に配属された。ここは、対面朗読室、小説読み物室、子ども資料室を担当している部署である。杉田さんは対面朗読室に配属され、視覚障害者に対する対面朗読サービスのほか、他館からのテープ図書の借り受けや、墨字図書新刊案内の点字版・テープ版の提供を行っている。
仕事を進めていく上での視覚を補うサポート体制は、物的にはかなり整っている。業務用ノートパソコンをはじめ、ピンディスプレイ、スキャナーといったハードウェアから各種ソフトウェアまで、必要なものは用意してもらえるそうだ。館内の点字表示なども配慮されているという。ただ、人的なサポート体制は、ヒューマンアシスタントのような形では整っておらず、現状では同じ部署の職員のサポートを受けている。とりあえず1ヵ月間この体制で仕事をしてみて、どの程度のサポートが必要なのかを検討することにしている。早い段階でサポートの必要性を的確に伝えることが重要だと考えるからだ。
前述の通り、杉田さんはすでに鍼灸師として病院に勤務していたのだが、「新しい勉強をするのも今が最後」との思いから、就職3年目で新たな道を歩む決意をした。もともとパソコンを使いこなし、情報処理関係の事柄やパソコン通信等に対する興味があったことから、図書館ネットワークにも関心を持ち、司書の仕事に就きたいと思うようになった。
まずは情報処理の勉強をしようと思い、筑波技術短期大学に入学。半年後に近畿大学通信教育で、司書資格取得のための勉強を始めた。このころから、なごや会(公共図書館で働く視覚障害職員の会)に参加し、すでに現場で働いている図書館員と交流を持っていた。
通信教育のテキストは、必須のもので20数冊。これらを点訳するために、全国の点字図書館やボランティアグループに電子メールで呼びかけたところ、10団体ほどの協力があり、2〜3ヵ月ですべての点訳が終了した。打ち出したら100冊を超える量であったため、電子データをピンディスプレイで読み、必要なところだけをプリントアウトするという方法をとった。
学習は、レポートと、科目ごとの試験によって評価される。レポートはパソコンを使って墨字で提出した。試験は、問題はボランティアグループが点字で作成。解答は、プリンターを持ち込むことが難しいため、点字エディタを使用して点字で入力したものをボランティアがかな表示させて解答用紙に転記した。時間延長はなかった。
実習は、つくば市立中央図書館で行なった。以前にも視覚に障害を持つ学生が実習したことがあったため、比較的スムーズに受け入れられた。ここでは、一般のカウンターで貸出や返却など、利用者に身近な業務を行うという体験をした。視覚を補う環境は整っていなかったが、一般業務を処理するという経験ができた。また、おはなし会で点字絵本を子どもたちに読み聞かせる機会があり、子どもたちの思いに触れることができたり点字に興味を持ってもらえたりしたのは貴重な経験であったという。
さて、杉田さんは筑波技術短期大学を卒業するにあたり、進路についてずいぶん考えた。図書館へのこだわりもあって、取りあえず就職を棚上げし、東京杉並区にある「チャレンジ」へ通所することにした。ここは、高橋所長が「経由施設」と定義付けているだけあって、色々な実践がなされている。杉田さんはパソコンの技術が評価され、利用生の指導に当たったり、点字図書の校正と修正作業を主に行った。パソコンでは、視覚障害者支援総合センターから委嘱され、晴眼の指導員と一緒に障害者の在宅就労支援事業として、その訓練の一部を担当した。
チャレンジの高橋所長は「視覚障害者自身、点字の読み書きについておろそかにしがちであるが、チャレンジで学習専門書などを読み合わせしたり、点字データ修正などをする中で、改めて点字表記の重要性を知ることができたであろう。これは、今回の受験において大いにプラスになったものと思う。加えて、チャレンジや支援総合センターの職員と日々生活していたことは、サラリーマンの厳しさもかいま見ることができ、血となり肉となったものと思われる」と話している。
通信教育により司書の資格を得てから約1年後、大阪府立図書館司書募集に応募した。
採用試験は、教養試験と専門試験の2本立て。教養試験の方は一般が2時間のところ、点字受験の場合は3時間と、1.5倍の時間延長が認められた。一方、専門試験は2時間で、延長は認められなかった。
延長のない専門試験はほとんどの問題が記述式であったため、問題自体の分量は少なかった。しかし、150字記述する問題が8題と2000字のレポートが2題、合計5200字分(字数はすべて墨字)記述しなければならなかった。これは、点字盤と点筆を使って解答する点字受験者にとっては過酷なことである。杉田さんも「全部で16枚提出したけれど、12枚目ぐらいで指が痛くなってもうだめだと思った」と振り返る。手を止める暇もなく、片面16枚分の点字を2時間で書き上げるというのは並大抵のことではない。「やはりどうしてもハンディはあるという気がした」と杉田さん。「教養試験は択一式のため問題量が多かったので延長が認められたのだろうが、書くことにも時間がかかるということを考慮して延長を認めてほしかった」という言葉には実感がこもっていた。ワープロで受験させてもらいたいという思いもあったが、誰もがワープロを使えるのではないという現状の中で、ワープロ受験が可能になることによって点字受験が認められなくなる危険性を感じ、要望はしなかったそうだ。
最後に、公務員を目指す方へのアドバイスをうかがった。
「点字で受験する場合、読み書きの速度によって合否が左右されると言っても過言ではないので、点字そのものをしっかり身につけることが重要です。また、点字受験ができる機会というのは少ないので、機会があるごとに受けた方がよいでしょう。何度か受験するうちに要領を覚えてくるということもあります。」
募集に関する情報はどのように得ていたのだろうか。
「主に各自治体のホームページでチェックしていました。図書館の場合は日本図書館協会のホームページも役に立ちました。ただ、点字受験の実施については触れていない場合が多いので、募集を見つけたら確認してみなくてはなりません。障害者特別枠採用の募集はホームページなどに出ない場合が多いので、前年の情報をもとに、時期が来たら自分から問い合わせてみることが必要となります。受験したいと思う前の年から情報収集しておくとよいでしょう。」
「障害者サービスだけでなく、一般のサービスもこなしていきたい。さまざまな機器を駆使すれば可能なはず」と力強く語る杉田さん。今後の活躍が楽しみである。そして、公務員を目指す後輩が後に続き、視覚障害者の採用が特別なニュースにならなくなることも期待したい。
以上、『視覚障害−−その研究と情報』168号(2000年7月号)「視覚障害者の就職状況とその背景(谷合侑著)」より関連部分のみ転載